カテゴリー別アーカイブ: books i read

悩むってことは向上する余地があるってことなんだから

読了:ルナティック ガーデン/太田忠司

月への往還は容易になっている、しかしそこへの定住はまだまだ珍しい、少し未来を舞台にしたSFミステリ。

これは感想を書くのが難しい……ミステリは往々にして最後の種明かしが物語の核心となっていて、そこが気に入ったとかどうだったとかいうのが、強く抱く感想になってしまうから、いつも難しいのだけれど。

ネタバレにならない範囲で言及すると、あとがきにある著者の言葉を見てまず思いだしたのが、自分自身がネットで知恵を借りながら「SF」を書こうとしたときの経験だった。科学考証的には、さほど破綻なくまとまった小説は書くことができて、それはひとえに「知恵貸し」に参加してくださった皆さんのおかげだったのだが、ではその小説はSFかというと……なんか、SFって感じしないな〜、と、自分では思ったのだった。

それに比べると、この作品はきちんと「SF」であると思う。つまり、ネタバレであるから言及しづらいなと思う、その話の核の部分が、そのジャンルでなければ書けないテーマと繋がっている、ということなのだ。……この程度なら大丈夫かな。

月面での本格的な庭作りについてのディテールがおもしろかったので、その方向で詰めていく作品もまた読んでみたい。

個人的には、楊さんが好み……誰も欲しがらない情報で、すみません。

「庭作りでは一生、その立ち位置に悩むことになるわ。自分がやっていることは正しいのかどうか、造り上げた庭は本当に正しいものなのかどうか、ずっと悩みながら仕事をすることになるでしょう。それでいいのよ。悩むってことは向上する余地があるってことなんだから」
そう言って微笑んだときのアデルの表情は、とても柔らかだった。エチカは訊いた。
「あなたも、今でも悩んでるんですか」
「おかげさまでね。まだわたしも成長できそうよ」

(p.179-180)

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文字の体系の発生には絶対的な権力をもつ王が必要である

読了:白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)/松岡正剛

「白川静の漢字学」を概観する一冊。

新書一冊に、これだけのものを詰め込んだところがすごい、と読み終えて思った。これだけ読めば、なんとなくでも漢字について「白川さんの著作をいかにも読んだことがある」風に語ることができるのではないか。それもひょっとすると、基礎教養のたりない状態でいきなり本物を読むよりも、ずっと要点を理解しやすく、ああそういうことかと把握できる感じ。

わたし自身、漠然と「う〜ん、なんかわかる気もするけどでも、なんでなんだ?」とぼんやり疑問に思っていた部分が、そうか、全体で見るとそういう流れからの発想なわけか、なるほど! と納得でき、興味をもってどんどん読むことができた。

白川静という巨人を分析し、タグをつけ、整理して並べ直して理解・把握がしやすいように編集をすると、こういう本になるのかなと。

これはすごい仕事をなさったものだ、というのもなんだか偉そうだけど、実際そう感じたので書いておこう。

すごい仕事をなさったものだ。

白川静ってよく名前を聞くけど、どこから手をつけていいかわからなくて……という人なら、この本から入るといいと思う。

それゆえ古代中国が文字をつくり出すには、絶対王の君臨と競争と交替という決定的な動向が必要でした。その絶対王こそが歴史の文節を大きく区画するべきなのです。それ意外には方法の出自はない。そこを白川さんは、「文字の体系の発生には絶対的な権力をもつ王が必要である」というふうに書いています。

(p.75)


もう誰の目にもさらされない場所へと

読了:漆黒の王子 (角川文庫)/初野晴

『1/2の騎士』がとてもおもしろかったので、できるだけ読むようにしている著者の本。こちらの方が古い作品になるわけだが、読み応えたっぷり。

物語は、いじめによって死を覚悟した少年の、暗い視界からはじまる。死に場所を探す彼が生きる場所をみつけ、そしてまたその場所さえ奪われてしまう。その救いのない光景から、話はふたつに分裂する。次々と眠りながら死んでいくヤクザ、送りつけられた奇妙な電子メール。そして地下の異界に迷い込んだ、記憶のさだかならぬ人物が辿っていく、隠され、失われた過去……。少しずつ共通する符号を見せながら、地上と地下の物語は進んでいく。

圧倒されるようなボリュームなのだが、比較的、話の進みかたは素直であるように感じた。地上と地下、過去と現在、それぞれの二層構造で進む話を「素直」と評するのもどうかという感じで、もちろん、その重層性は楽しみどころになっている。各種のトリック、謎解きの部分にも、「おお、なるほど」と感心する仕掛けがある。ただ、このへんの描写がしつこいから伏線なのかなと思ったら、とくに謎には関わっていないようだったとか、これは錯覚を狙った入れ替えかと思ったら違ったとか、そういう「すみません、素直じゃない読者で考え過ぎちゃいました!」という要素が、いくつかあったので、「素直」という印象に結びつくのかな……自分でも、ちょっと不分明なのだけど。

これもやはり、弱者/少数派の存在にスポットをあてた物語だなぁ、と思う。といって同工異曲という印象はなく、これはこれで独自のおもしろさがあった。まったく別の話だと感じると同時に、やはり同じ著者の作品だなという感慨も覚える、つまりちょうどよく作家の個性で統一されているといったところだろうか。

ここで弱者に仮託されているのは、逃れようのない死である。冒頭から一貫して、これは「死に場所探し」の物語なのではないか、とわたしは思った。

自殺するための場所を探すところに始まり、野生の生き物の死骸を見ないという話、そしてホームレスたちのこと。死に意味を見出し、尊厳をもたらすことは、ひるがえって生にも同じものを与えることではないか。死に場所を知ることは、生きる場所を得たことと似ているのではないか。

作中で『王子』は語る。ホームレスになる、すなわち家を失うということは、すべての行為が人目にさらされることを意味する。食事も、睡眠も、排泄も。ほっと気を抜ける場所を失うことは、すなわち自由を失うことなのだ。ホームレスは自由であるというのは神話である。だから、死ぬときくらいは……と作者は筆を進めるのだ。場所を選びたい。誰にも見られないという自由をとり戻したいのだ、と。

おそらく、これは復讐の物語であろうし、激しい悪意と信頼、裏切り、絶望を描いた物語でもあろうと思う。その末に残された希望こそが、死に場所を得ることなのだろう。もう誰にも邪魔されず、責められず、究極の自由としての死へ向かうことが。そのねがいを、せつないものととらえられるかどうかで、読後感はずいぶんと変わるのではないか、と思った。

「(前略)わたしは神様の存在など信じませんが、もしこの世に神様がいるのだとしたら、最後に死に場所くらい選ぶ力を与えてくれたのかもしれませんね」
「死に場所……」
「わたしだったら、もう誰の目にもさらされない場所へとひっそり行きたい」

(p.273)


違う秤でものを量ろうとしているようなものだ

読了。金春屋ゴメス (新潮文庫)/西條奈加

日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

一風変わった、いわば「ジャンル・ファンタジー」の正統というか正調というかを期待すると肩すかしをくらう賞なのだが、ファンタジーという概念を捻った上で、読み応えのある作品に出会えることは期待していいだろう。本作もその期待にはそむかない、と思う。

おもしろくて、中盤からはぐいぐいと読んでしまった。

まったく前知識なしに読みはじめたのだが、舞台は過去のような未来のような、不可思議な独立(一応)国家、江戸である。主人公は、わけあって江戸に入国し、その不思議な世界を体験することになる。

話は、時代劇から抜け出て来たような江戸らしさと、現代日本人の感覚・知識とが衝突し、揺らぐ。激しい相克、といった感じよりは、あくまで「揺らぐ」と形容したいような、ふるえ、ぶれ、迷い、その芯に通る想い——そういったものが、そこにはあって、それがおもしろい。

もちろん、物語を支えるのは不思議な江戸という舞台、そしてそこに暮らす人々である。表題にも名を出しているゴメスの異形というか、異様というか、凄まじさもまた、この物語の大いなる魅力であることに異論はないが、ひとりひとりが重たい人生を背負っていて、そこがよいのだ。

物語自体の流れも、淀みなく、何段落としかの小滝が設置されている感じで、飽きさせず、どんどん下流へと運ばれていく小気味よさがあり、いい読書をさせてもらった、と思った。

「わかってる。おまえの言いたいことも、お利保さんの思いも、辰つぁんもおれもわかってるんだ。目線の違いというか、違う秤でものを量ろうとしているようなものだ」

(p.118)


自分を殺そうとしている者の顔を見る

読了:戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)/デーヴ・グロスマン

人は誰だって死にたくない。そしてほとんどの人は、人殺しにも、なりたくない。

そんな当たり前のことが、戦場でなら違うだろうと——殺されたくないから殺すのも平気だろうと、なぜか思われてしまいがちである、だがそれは間違っているのだ。ひとことでいえば、本書はその「殺人への忌避感は戦場でも人を支配する」という、当たり前だけれども無視されがちだった事実を語っている。丹念に証言を集め、先人の研究成果を並べ、理解へと導いてくれる。

どんな危急時であっても、自分が人を殺せるかと考えると、わたしは自信がない。力がどうとか、技術がこうとか、襲って来た相手に負けるだろうとかいうマイナス要因をとり除いたとしても、人を殺せるかどうか。

日常であれば、それでもまず問題はないことだろう。現代日本社会は、今のところ、そういう緩い人間でもそれなりに平穏に生きていける環境と考えてよさそうだ。

けれど、それが戦場なら?

著者は回答を用意している。実は、戦場でも同じことなのだ、と。

アメリカの南北戦争で使われた銃を回収しての、調査がある。ゲティズバーグの戦いの当時、使用されていたマスケット銃は、一発ずつ弾をこめて撃つ方式の銃であった。戦場から回収されたマスケット銃27,575丁のうち、90%が銃弾を装填済みであった。そのうち12,000丁あまりは二発以上の弾が装填され、6,000丁では三発〜十発以上の弾が装填されていたというのである。(p.71 より)

兵士がうっかり装填しまくった、とは考えられない。なにしろ三発以上に限っても6,000丁である。有意の数字と考えるべきだ——つまり、かれらは弾をこめ、撃つふりをしていたのではないか、というのが妥当な推測となるだろう。志願して兵士となり、敵を殺すつもりで戦場へ向かっていても、実際に自分が「人殺し」になる場面では、心理的規制がかれらを押しとどめてしまうのではないか。

同族殺しへの忌避感・嫌悪感は想像以上のものなのだ。新兵がまず案じるのは、自分自身の生命であり、身体的健康をそこなわずにいられるか、ということだろう。次いで、仲間の期待を裏切らずに済むかどうか。だが、戦場に出てみれば、いかに「人殺しにならずに済むか」が、重大な問題であることに気づく、というのだ。

その場ではよくても、戦争が終わり、残りの人生を過ごしていく内に、かれらは自分が人殺しであることを思いだしてしまう。忘れたはずの記憶は、夜ごと隠れ家から這い出して来て、心を食らう。お前は人殺しだ、お前が殺したのは人なのだ、誰かから生まれ、ひょっとすると故郷には妻子を残して来ていたかもしれない、安否を気遣われ、生きて戻ることを待たれていた「個人」を、殺してしまったのだと。

多面的なアプローチを持つ、周到に書かれた本で、非常におもしろかった。万人に一読を勧めたい良書。

同じ戦場で行動していても、戦闘行為に携わった兵士より、衛生班の方が、人命を救うという目的をもって戦場にいるため、精神的な負荷は軽くて済むようだというのも、なるほどと思わされた。そして、ふと今年日本を襲った震災のことを、思いだした。

あのとき、災害派遣された自衛隊や、「トモダチ作戦」に従事する米軍兵士ら、支援に向かう「兵士」の姿を報道で見て、かれらは戦争に行くのだ、とわたしは感じた。人の命を奪う戦争ではなく、救うための戦争だ。圧倒的な死と破壊に直面し、やはり心理的・精神的な負担は大きかっただろうと思う——だがそれでも、命を救うための戦いであることは、命を奪うための戦いとは決定的な差を生むのではないか。そうであってほしい。本書を読み終えて、まず連想したのは、そのことだった。

 戦闘経験者と戦略爆撃の犠牲者は、どちらも同じように疲労し、おぞましい体験をさせられている。兵士が経験し、爆撃の犠牲者が経験していないストレス要因は、(一)殺人を期待されているという両刃の剣の責任(殺すべきか、殺さざるべきかという妥協点のない二者択一を迫られる)と、(二)自分を殺そうとしている者の顔を見る(いわば憎悪の風をあびる)というストレスなのである。

(p.133)


ぼくだってしょっちゅう悩んでるよ

読了:天球儀とイングランドの魔法使い (創元推理文庫)/マリー・ルツコスキ

ボヘミアの不思議キャビネット (創元推理文庫)の続編にあたる。〈クロノス・クロニクル〉の第二巻。

魔法の力が当たり前に存在するというだけで、我々の知る歴史と流れをほぼ同じくする世界が舞台。前作では、残酷な王子にボヘミア宮廷に連れ去られた父を救うため、少女ペトラが単身宮殿に乗り込んだ。今回は、その王子の報復の手から逃れようとして、まったく信用していないイングランドのスパイ、ジョン・ディーに救われてロンドンに行くことになる。

このシリーズ、とてもおもしろいのだが、直情径行型で、自分の直感にしがみついて絶対に他人のいうことなどきかない少女ペトラに、こう……たまに「落ち着け。人のいうこと聞け!」と説教をしたくなってしまうのが困るところ。そりゃもう作中でも説教されまくりだが、もちろん聞かない。つまり、いうだけ無駄。

彼女の頑固さが許せるような度量の広さがほしいなぁ、と思う。

ペトラが毛嫌いしているジョン・ディーも好きなキャラクターなのだが、このシリーズの魅力はなんといってもブリキの蜘蛛アストロフィル。本を読むのが大好きで理屈っぽくて冷静で、そしてペトラのためならなんでもしようと心に決めている。大好きな本を読むために頁を持ち上げる力さえなく、ペトラに「早く頁をめくって!」とたのむほど無力なのに、ときにはこの頑固な少女を説得して、意に染まぬ言葉を口にさせるほどの力がある。

アストロフィルだけで、ご飯三杯はいける。いや無理ですが。どっちだ。

まぁそれはともかく、物語には一旦区切りがついたとはいえ、つづきへ向かうような終わりかただったので、続刊が楽しみ。

「ぼくだってしょっちゅう悩んでるよ。だけど、それが感情とどうつながるのかがよくわからなくて。ぼくが本を読むのは、そんなときにどうしたらいいのかを学ぶためでもあるんだ。そして人は愛情ゆえに口をつぐんでいることもあるんだって学んだ。まったく同じ理由で、ときには大切な人と悩みをわかちあうってこともね」

(p.241)


不謹慎だけど、少しだけ嬉しいんだ

読了:憑き物おとします (幻狼ファンタジアノベルス)/佐々木禎子

最近、この著者の本を読むと、いつも考えてしまう。ゆるやかな全肯定。どんな存在であっても、なにをやっても、大丈夫なんだ、といわれている気がする。絶妙の距離感で、見守られているように感じる。

物語の舞台は、幽霊が一般人にも見えるようになり、完全に常識化した世界。霊障専門の保険を扱う保険屋に、実家を飛び出してなんでも屋をやっている主人公が巻き込まれ……という流れ。ホラーの枠組みに属すると思うが、スプラッタ系ではないので、そういった描写が苦手な人でも問題なく読めると思う。

そしてやはり、ホラーだなんだというよりもまず、ジャンル:佐々木禎子だなぁ、と思ってしまう。いつものように、すごく見守られている感じがする。いいんだよ、と肯定される気分になれる。

とぼけた味わいの登場人物と、強気の女性が出てくるのも特徴だと思うのだが、今回はやはり「癒し系死神」の存在が光るかな。街を歩けば「V系ロックバンドの人?」と勘違いされる超絶美形なのだが、なにしろ人間界を生きる上での常識がなく、見た目は美形、中身は幼児というギャップに癒される。主人公の壱也ならずとも、お母さんモードになって面倒をみてしまいそうだ。

自分もものをつくる人間としてはやっぱり、このへんの台詞に共感してしまうかな。

「ああ。待ってるわ。——あのさ、こういうこと言うと誤解されそうでなんだけど……俺らの音楽が未練になるなんて……不謹慎だけど、少しだけ嬉しいんだ」

(p.68)