もう誰の目にもさらされない場所へと

読了:漆黒の王子 (角川文庫)/初野晴

『1/2の騎士』がとてもおもしろかったので、できるだけ読むようにしている著者の本。こちらの方が古い作品になるわけだが、読み応えたっぷり。

物語は、いじめによって死を覚悟した少年の、暗い視界からはじまる。死に場所を探す彼が生きる場所をみつけ、そしてまたその場所さえ奪われてしまう。その救いのない光景から、話はふたつに分裂する。次々と眠りながら死んでいくヤクザ、送りつけられた奇妙な電子メール。そして地下の異界に迷い込んだ、記憶のさだかならぬ人物が辿っていく、隠され、失われた過去……。少しずつ共通する符号を見せながら、地上と地下の物語は進んでいく。

圧倒されるようなボリュームなのだが、比較的、話の進みかたは素直であるように感じた。地上と地下、過去と現在、それぞれの二層構造で進む話を「素直」と評するのもどうかという感じで、もちろん、その重層性は楽しみどころになっている。各種のトリック、謎解きの部分にも、「おお、なるほど」と感心する仕掛けがある。ただ、このへんの描写がしつこいから伏線なのかなと思ったら、とくに謎には関わっていないようだったとか、これは錯覚を狙った入れ替えかと思ったら違ったとか、そういう「すみません、素直じゃない読者で考え過ぎちゃいました!」という要素が、いくつかあったので、「素直」という印象に結びつくのかな……自分でも、ちょっと不分明なのだけど。

これもやはり、弱者/少数派の存在にスポットをあてた物語だなぁ、と思う。といって同工異曲という印象はなく、これはこれで独自のおもしろさがあった。まったく別の話だと感じると同時に、やはり同じ著者の作品だなという感慨も覚える、つまりちょうどよく作家の個性で統一されているといったところだろうか。

ここで弱者に仮託されているのは、逃れようのない死である。冒頭から一貫して、これは「死に場所探し」の物語なのではないか、とわたしは思った。

自殺するための場所を探すところに始まり、野生の生き物の死骸を見ないという話、そしてホームレスたちのこと。死に意味を見出し、尊厳をもたらすことは、ひるがえって生にも同じものを与えることではないか。死に場所を知ることは、生きる場所を得たことと似ているのではないか。

作中で『王子』は語る。ホームレスになる、すなわち家を失うということは、すべての行為が人目にさらされることを意味する。食事も、睡眠も、排泄も。ほっと気を抜ける場所を失うことは、すなわち自由を失うことなのだ。ホームレスは自由であるというのは神話である。だから、死ぬときくらいは……と作者は筆を進めるのだ。場所を選びたい。誰にも見られないという自由をとり戻したいのだ、と。

おそらく、これは復讐の物語であろうし、激しい悪意と信頼、裏切り、絶望を描いた物語でもあろうと思う。その末に残された希望こそが、死に場所を得ることなのだろう。もう誰にも邪魔されず、責められず、究極の自由としての死へ向かうことが。そのねがいを、せつないものととらえられるかどうかで、読後感はずいぶんと変わるのではないか、と思った。

「(前略)わたしは神様の存在など信じませんが、もしこの世に神様がいるのだとしたら、最後に死に場所くらい選ぶ力を与えてくれたのかもしれませんね」
「死に場所……」
「わたしだったら、もう誰の目にもさらされない場所へとひっそり行きたい」

(p.273)


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